アナ・ログ

あたたかくなる話

金澤 聡

2008/03/05

はい、しょうが焼き弁当を食べました。
 これから「あたたかくなる話」を書きます!さて、何を書こうかな…。

 最近、人の生き方、特にスポーツ選手の人生が面白いし、非常に興味があります。誤解のないように言いますが、スポーツに真摯に取り組んでいる方への尊敬の念を込めてです。
 しかし、それをテレビで表現しようとすると重く責任がのしかかります。彼の人生をこんなにも短く語ってよいものなのか。先入観で彼の人生を歪曲していないだろうか。作ったものが彼の人生をきちんと投影したものなのか。いつも自問自答します。改めて取材の大切さを感じ、そしてスポーツに身を投じる人への勇気、偉大さを感じ気持ちが熱くなります。

 先日、元ベガルタ仙台、現在スペインのプロサッカーリーグで活躍されている福田健二選手のことが書かれた本を読みました。(小宮良之/著『RUN 流浪のストライカー、福田健二の闘い』ダイヤモンド社)
 私も福田選手が仙台にいたときに何度も取材をしたことがありますが、正直、彼のことは何も分かっていませんでした。
なぜ彼があそこまで鬼気迫る形相でサッカーをしていたのか。亡き母親への思いだったと本で知りました。
さらに真にプロスポーツ選手であり続けることの強さ、たくましさ、そして優しさを教えてくれました。
 自分もまたしっかりと地に足をつけて信念を持って歩こうと、熱いというよりは爽やかなあたたかい気持ちになりました。
 
サッカーに情熱と人生をかける先輩の姿を見て、過去の不祥事をきちんと受け止め信頼されるようなベガルタの選手として活躍することを願って今回のブログを書きました。

 次回、早坂アナウンサーのあたたかい話とは!?

私のカゼ予防法

金澤 聡

2008/02/07

ここ4年くらい風邪らしい風邪を引いていないような気がします。
食あたりで会社を休んだことはありますが…。

普段どんな予防をしているかといえば、
(1) 必ず「うがい」と「手洗い」をしています。会社にいてもこまめにうがいをしています。手洗いは必ず石鹸を使って。
(2) この季節、外出するときはなるべくマスクをしています。
「必ず(・・)マスクをして」と言いたいのですが、ときに慌て者の私はマスクを忘れてしまいます。
(3) 風邪をひきそうかなと感じたときは、できるかぎりニンニク入りかショウガ入りの料理を食べるようにしています。
番組の共演者の方には『臭害』で多大なご迷惑をお掛けしているときもあるかと思います。
(4) お風呂に入った後すぐに寝るように心がけています。
風呂上りに面白いテレビ番組があるときは心が折れるときもあります。実際折れています。
(5) 就寝中は必ず加湿器をつけたままにしておきます。
朝の結露は結構すごいのですが健康のため目をつぶっています。

結構アバウトなカゼ予防かもしれませんが、その他、飼っている愛犬と散歩することももしかしたらカゼ予防になっているのかもしれません。
30分から40分くらいウォーキングすると体のリフレッシュにもなりますが、相当ストレスも解消されます。
『ストレスは万病のもと』とも言われているこのご時世ですから、適度な体と心の運動もカゼ予防につながるかもしれません。
さすがに極寒の日は、私だけでなく愛犬も腰がかなり重くなりますが…。写真はまさにそのときです。ご主人様に背を向けています。気持ちは分かります。

さて、佐藤拓雄アナウンサーのカゼ予防とは?

雪といえば

金澤 聡

2008/02/04

雪国育ちです。雪には慣れています。
雪国の人が雪道を歩いていて転ぶことは、陸上のハードル選手が一つ目のハードルでつまずいて転ぶくらい、もしくは、競歩の選手が1歩目から走ってしまうくらい、ほとんどないことなのです。


東京で生活していたころ、2月に雪が降りました。10cmくらいだったと思います。
都会では電車のダイヤが乱れるほどの大雪ですが、私にとっては小雪です。
滑っている人、転倒している人、一歩一歩恐る恐る歩いている人たちを横目に
日常と変わらない速さで歩いていました。
横断歩道では、雪国育ちか都会育ちかすぐ判別できました。
なにせ歩くのが速いのです。信号が青に変わった瞬間に先頭集団にいるのは間違いなく雪国育ちです。


ただし、雪国育ちも弱点があります。それは、凍結した路面です。
雪国の道路は消雪道路になっているので凍結がほとんどないのです。
ですから、凍結した道で転倒した際に「雪国育ちなのになぜ転ぶの?」という質問はしないでください。
平泳ぎの選手に「なぜクロールで泳がなかったの?」と聞くのと同じだからです。(本当!?例えが微妙になってきました)
あの、いずれにしましても、まだまだ冬本番です。足元には気をつけましょう。

次回は、都会育ちの水上アナウンサーです。雪の日は転ぶんだろうな、たぶん、きっと…。

初○○

金澤 聡

2008/01/04

2008年、あけましておめでとうございます。
今年も「アナ・ログ」をどうぞよろしくお願いいたします。
新年一発目のテーマは、『初○○』です。


今年、年男です。12才になります。すいません、「偽」です。
この文字は2007年で終焉にしましょう。
そして今年、年男なので「アナ・ログ」トップバッターです。

改めて、今年、年男です。
あまり焦らず、じっくりと構えて福音を待とうという気持ちを表しました。
写真は、「果報は寝て待て」です。
2008年、『初』写真です。(寝てるだけの写真でいいのでしょうか)

さて、思い起こせば12年前。24歳の年男のときに入社。
入社式のことはほとんど覚えていません。ちょっと緊張したかなあ程度の記憶です。
『初』放送日(アナウンス部では“初鳴き”と言っていますが)のことは、脳にこびりつくほど覚えています。
極度に緊張していたので、逆にしっかりと覚えているのでしょう。

35秒間の天気予報でした。
その35秒間の天気予報を読むのに、2時間前から下読みをしていました。
何かを念ずるように、まさに、読経のように。
いざ本番。
ジェットコースターの苦手な方はよくお分かりになるかと思いますが、
急降下する瞬間のあの緊張感、不安感、恐怖感に似ていました。
35秒間、無事読み終えたときの解放感。手の汗。忘れません。

今年、年男です。
あの入社1年目の『初心』を忘れずに、寝て待ちます。何をだろう。
とにかく年男の今年!(相当しつこいですね…)何とぞよろしくお願いします。

次回は、浅見アナウンサー。キャリア豊富な浅見アナの『初』とは!?

大みそか

金澤 聡

2007/12/23

歳を重ねるごとに時の流れが早くなり、今年は激流のごとく過ぎた1年のような気がします。

 もう少しで大晦日です。私の実家の新潟では「年取り」と言っていました。
 といっても少しニュアンスが違っていて、厳密には大みそかのすごし方で、家族の忘年会のようなものです。
 「年取り」には必ず焼き鮭が食卓に並べられました。
 なぜ焼き鮭かは調査不足ですが、何があろうと絶対に大みそかに食べさせられました。

 実家にいるとき年末の私の三大行事は、『障子やぶり』、『天井そうじ』、そして、『鮭を焼く』でした。
 1年を締めくくる最後の食事で、家族に生焼けの鮭はもちろん、真っ黒こげの鮭を食べさせてはいけないと、
それはそれは慎重に鮭を焼いたのを覚えています。
 焼きあがって、切り身の1番大きいのが祖父、2番目が父親と決められていました。
 父親に焼き方を褒められると、1年間のすべての艱難辛苦が吹っ飛ぶほど喜び、焼き鮭でご飯4膳くらい食べていたような…
そのくらい我が家では大事なものでした。

 来年は年おとこ、初心にかえって大みそかは鮭を食べようかと思っています。
 写真は一応、年の瀬の忙しさを表現してみました。(鮭とは全く無関係ですね、はい、そうですね)
 みなさん良いお年を。

 次は、どんな「年取り」をしているのでしょうか。寺田アナウンサーです。

クリスマスプレゼントの思い出

金澤 聡

2007/12/05

小学生のときのクリスマス会。
この日は手作りのプレゼントを先生も含めてクラス全員で交換するという催しがありました。
僕のプレゼントは、前日に母親と一緒にフエルトで作ったサンタの帽子でした。
それを受け取った人が日常生活の中で喜んで帽子として使ってくれるのかなど考えず、
クリスマスということだけでサンタの帽子にしたのだと思います。
もちろんクリスマス以外の日にかぶれば空気が読めない、いわゆるKYと思われる確率100%の赤と白の帽子でした。

さて、クリスマス会当日。
パーティームード一色の中、友達のH君だけが沈痛で蒼白な顔をしていました。
彼は僕にこう告げました。プレゼントを忘れてしまったと。しかも、作ることすら忘れていたと。
クリスマス会開催まで給食とお昼休みを合わせても45分。
慌てふためく僕ら二人の視界に、給食のみかんが飛び込んできました。
目で会話を交わした二人は、そのみかんとわら半紙を手に取り校舎の奥へ。
みかんを上手に包装し、強引にプレゼントに仕立て上げクリスマス会開催を待ちました。


やはり人間正直に生きるものです。その日僕が受け取ったプレゼントは嘘のようで本当の話、みかんでした。
サンタさんからプレゼントされたのは人生の教訓でした。

次回は、どんな思い出があるんでしょう。早坂アナです。

近頃○○が気になります

金澤 聡

2007/11/30

近頃、お腹まわりが気になります。

今年初めて「人間ドック」に行ってきました。とうとうそんな歳になったかと一抹の寂しさを感じながら受診。
前日の夜8時以降は食事を摂ってはならず、受診当日は水分もダメ。
ベテラン人間ドック受診者からバリウムの恐怖を説かれ、不安のなかいざ胃の検査へ。
差し出されたバリウムと炭酸。恐怖におののきながらバリウムを口へ。
すると…、
前日からほとんど水分をとっていなかったため、バリウムが美味しい!恐怖など微塵も感じませんでした。
しかし!
炭酸も合わせて飲んでいるにもかかわらず、担当の方はゲップ禁止令を発令。
そんなことは、ベテラン受診者にレクチャーされていませんでした。
これが苦しい。5分くらい体をグルグル動かされながらゲップを止めるのは、15秒間まばたきしないことよりもはるかに辛いものでした。
一番大きな障害をクリアして、ホッとしながら身体測定へ。
体重が4kg増!?ウエストが、えっ?あれっ?というくらい肥大化。
メタボリック症候群の基準値は男性の場合腹囲85cm以上だそうです。

人間ドックの検査結果は異常なしでしたが、ウエストが少し気になる結果が…。
みなさん気をつけましょう。

私の○周年

金澤 聡

2007/11/02

リトルリーグ野球を担当して4年目の真夏、夢のような時間を過ごしました。

 リトルリーグ野球は毎年世界大会がアメリカで行われます。
 当時は宮城県大会、東北大会を勝ち抜き、全日本選手権で日本一になり、さらに、アジアチャンピオンにならないと世界大会に出場できませんでした。世界大会の常連は関東や関西勢でした。僕がリトルリーグを担当している間に宮城のチームが世界大会に出場することは夢にも思っていませんでした。

 しかし、夢が現実のものとなったのが、2002年の夏でした。宮城代表の「仙台東リーグ」です。
3人のエース級の投手を擁し攻守にバランスのとれたチームでした。全日本選手権で日本一になると、アジア大会も制覇し見事世界大会出場、その勢いで世界大会の決勝の舞台にまで登りつめたのです。
 お陰で僕は、アメリカまで取材に行くことができ、決勝戦をスタジアムで見ることができたのです。
 決勝は全米生中継、3万人以上の観客が詰め掛けていました。
 僕は夢か現実か分からないような不思議な意識の中、試合を見ていました。
 試合は惜しくも1-0で敗れました。悔しさと同時に夢を実現してくれた選手への感謝の気持ちが混ざった涙がこみ上げてきました。
 リトルリーグ担当4周年、一生忘れられない年となりました。
貴重な体験をさせてくれた仙台東リーグの皆さんにいまでも感謝しています。

 そして、当時の3人のエース級投手のうちの一人が、今年の夏、甲子園最速を記録した佐藤由規投手です。
 プロの道を選んだ彼の活躍に期待しています。僕の夢は、まだまだ続きそうです。

 次は、板垣アナウンサーです。○周年はなんでしょう?

読書の秋

金澤 聡

2007/10/17

 秋の夜長にじっくり読書することのなんと贅沢なことか。
 最近特にそう思うようになりました。寄る年波でしょうか、なんでしょうか…。

 学生の頃は時間がありすぎてありすぎてその穴埋めに読書をしたり、
 長い長い春休みや夏休みのときは夜中に読書を始めて気付いたら朝だったり、
 流行の小説を読んだり、国文学を読み漁ったり、パスティーシュ(様式模写)に傾倒したりと
 とにかく読書は「自由」そのものでした。

 好きなときに好きなものを読む。それが秋だろうが冬だろうが夏だろうが季節なんて関係ありませんでした。
 あぁ、素晴らしきかな学生時代。

 ところが、社会にでるとこうも変わるのかと思うくらい、読書は「自由」ではなくなりました。
 仕事のため仕事に関係したものを読む。これが大半のような気がします。
 
 だからこそ、秋の夜長に好きな本を読むことがいまはとても贅沢に感じます。
 お寿司の「中トロ」もうまいが「いわし」の方がうまいと感じる贅沢さに似ているというか…
よく分かりませんね。はい。
 寄る年波でしょうか、なんでしょうか…。
 
 
 次は、どんな本を読んでいるのでしょうか、なんでしょうか…。原アナウンサーです。

スポーツの秋

金澤 聡

2007/10/12

雪国育ちだった僕にとっては、「スポーツの秋」というより『スポーツ準備の秋』だったかもしれない。

学生時代いわゆる“走るスキー”と言われているノルディックスキー部だったので、冬以外は乾いた土の上をひたすら走り持久力強化に努めていた。特に秋は体力強化のラストスパートの時季だったので陸上の長距離部より走っていたかもしれない。スキーを履いていれば滑る分距離が稼げるので幾分楽なのだが、ただただ走るのは苦痛だった。しかも、スキーはストックを使うので登りも滑ることができる。しかし、走るのはいくら腕をブンブン振り回しても距離は出ない。早く寒い冬が来て欲しいと思うほど、秋はつらい時季だった。

ノルディックスキー部にとって、秋は『実り』というより『種まき』の時季だった。かといって実際僕自身が冬に花開いたかというと、そうでもなかったような…
そのせいもあってか、いま僕のウインタースポーツは専ら「スノーボード」。リフトに乗って頂上へ、そして、重力に身を任せ滑る。こんな楽しいものはない!
そろそろ雪山が恋しくなる秋でもある。学生時代とは違った意味で、早く寒い冬が来て欲しい。

次回、一家言ある浅見さんにとってのスポーツの秋とは!?乞うご期待!

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