佐藤 拓雄
2026/03/23
一昨日、近所で桜を見つけました。【写真】
今年見かけた最初の開花です。
画像検索すると「マメザクラ」と出てきました。
どんな種類にせよ、桜の開花は心が浮き立ちます。
さて、小学生のランドセルというのは、日本だけの文化らしいですね。
それはともかく、丈夫で、ほとんどの場合6年間壊れずに使えるのですから、すごい代物だと思います。
それに、入学前の子どもにとっては、ランドセルを背負うこと自体が、小学校入学という自身の大きなステップアップへの期待感の象徴のようになっていると思います。
うちの場合、長女が入学前、毎日のようにランドセルを背負って鏡を見たりしていたのをよく覚えています。
そんな微笑ましい思いがある一方で、自分の子どもたちが、ランドセルを背負う年齢ではなくなってずいぶん経った今頃、ふと思うのは、ランドセルって、ちょっと変だよなあということ。
すごく嫌な言い方ですが、ある種の「同調圧力」と言ったら言い過ぎでしょうか。
学校側が特に介入していないという点で制服とはまた少し違い、みんな横並びで同じだと安心という心理でしょうか。
「丈夫で長持ち」あるいは、色のバリエーションが増えたことはさておき、なぜ皆で同じバッグを背負って学校に通うのか、考えてみたら少々変です。
とはいえ私も、小学校=ランドセルと、完全に刷り込まれていますので、全く疑う余地はありませんでした。
ランドセル以外のバッグで小学校に通ったら、絶対に浮きますよね。
親として、自分の子どもにそんな思いをさせる気持ちは全くありませんので、今こんなことを考えているからと言って、仮に今、自分の子どもが小学校に入る年齢だとしても、ランドセルを準備しないという選択肢は、やはりありません。
私自身は正反対の経験もあります。
小学校高学年になった途端、同級生の多くが、ランドセルをやめて、それぞれ好きなバッグで学校に来るようになりました。私もそうしたかったのですが、バッグを買ってほしいと親に言い出せず、ランドセルを使い続けました。
そうなると、ランドセルは逆に少数派に。子どもだった私は「自分は自分」とは思えず、なんとなく居心地がよくないと感じる日々でした。
・・・と、どうでもいい考えをあれこれ巡らせ、希望あふれる入学シーズンに、冷や水を浴びせるような話になってしまいました。すみません!
次は伊藤瞳アナウンサーです。