アナ・ログ ~アナウンサーリレーエッセイ~

音楽あれこれ

寺田 早輪子
2022/12/08
先日、非常に懐かしいものを街中で見かけました。

『ルーズソックス』。

私が、高校時代に毎日履いていたあの「ルーズソックス」を、
令和の仙台の街中で、若い子が履いているではありませんか!!

巷では、今年、1990年代に流行したアイテムの人気が再燃しているそうで、
どうやらルーズソックスもその一つのようです。

そのルーズソックス。私の地元である福島・いわき市では、私が高校1年生の秋ごろにおしゃれに敏感な同級生が履き始め、じわじわと人気が広がっていったと記憶しています。当時はゴムが少なめの、ルーズソックスの中でもさらにルーズな商品が人気でしたが、先日見かけたお嬢さんも、まさにそのくらいルーズなルーズソックスを履いていて、「ああ。懐かしい。」と、小声でつぶやいてしまいました。

そのルーズソックスを見かけてよみがえったのが、当時、よく私がカラオケで歌っていた曲、ドリカムの「決戦は金曜日」。
同級生と、当時、街中でちらほら見かけるようになったカラオケボックスで歌っていた私の十八番。(当時は1曲ごとに100円玉を入れて歌っていました♪)
金曜日の放課後に、意味もよく分からず、この歌を歌っていたのを思い出します。

今、再び流行っているからと言って、さすがにルーズソックスを履いて出勤したりしませんが、「決戦は金曜日」はお風呂に入りながら大きい声で歌いたいと思います。

☆写真は、むすび丸と私。取材帰りに立ち寄った三陸自動車道 春日PA上り線にて。なぜか、私もむすび丸も「キメ顔」です。

アナ・ログ、続いては、梅島アナウンサーです♪

お風呂のこだわり

寺田 早輪子
2022/11/21
新米ママだった頃、息子の乾燥肌対策に、あれやこれやと奔走しました。
空気が乾燥する冬はもちろん、汗ばむ夏も、肘や膝の裏、首、お腹、背中を「かゆーい!」といいながら、ぼりぼりと掻いていた息子。

当時、皮膚科にかかって医師に指摘されたのが…「お風呂で強く洗い過ぎ!」。
勧められたのは「固形石鹸」で「手でなでるように洗う」ということでした。

昭和50年代、私の子供の頃はそれこそボディーソープといったおしゃれなものはなく、体を洗うには「固形石鹸」一択でしたが、中学生、高校生と成長するのに伴って、おしゃれで、良い香りのボディーソープがたくさん市販されるように…。
出産するまで私は手軽なボディーソープ派で、保育園に入る頃には息子も一緒にボディーソープを使っていましたが、強くこすったりすると、皮膚に必要な皮脂まで洗い流してしまうこともあるそう。

診察後、体を洗う際は、固形石鹸を生クリームのように泡立てて、優しくなでるようにしてみたところ、息子は薬を使わずとも痒がらなくなりました。
私の泡立ての技量も向上。今は一回に、バレーボール大の硬めの泡を作れるように!
うちのお風呂のこだわり、「固形石鹸」は欠かせないアイテムです。

☆仙台放送のAスタジオにて。
この日はAスタでオンラインセミナーの司会を務めました。

アナ・ログ、続いては、伊藤瞳アナウンサーです♪

こっそり教えます

寺田 早輪子
2022/11/11
ここだけの話…。
小学生の時、夏休みの宿題で提出した「藁葺き屋根の家」をモチーフにした絵。
これが確か、何かの大きなコンクールで、かなり上位の賞を頂いたのですが、
その絵…、実はほとんど父に手伝ってもらった作品でした!
申し訳ございません!!
「明日の始業式に提出しなければならない!」というのに、絵の宿題を忘れていた私。
夜。眠くなり、半分も仕上がっていないのに寝てしまったのですが、
父が徹夜で絵を仕上げていたのです!
あまりの本格的な出来に「さすがに先生にバレる!」と思ったのですが、とんとん拍子に校内、地区、市部の選考を勝ち抜き、さらに上のコンクールに出品された…と記憶しています。

20年以上前に亡くなった父は画家になることを夢見ていました。
町のクリニックの職員として働いていた父ですが、休みの日に絵筆を握り、風景画を描いていました。家には油絵具などの画材がたくさんあり、私もそれらを使って、父の傍らで絵を描く時間が大好きでした。
父が描いていたのは、いわき市でも山間の地区にある夏井川渓谷。
荒々しい岩や断崖、清流、生い茂る夏の緑を、鉱物を使って表現するのです。
キャンバスに鉱物を直接、貼り付けて、その上から油絵具を塗り、自然を立体的に表現。
一風変わった父の鉱物画は、娘の私にとっては、特別で、自慢の作品ばかりでした。
しかし、控えめな父はコンクールなどに出品することはなかったのか、描いた絵のほとんどは自宅の部屋の中に。玄関に一枚、額に入れた作品を飾っていましたが、たくさんの人の目に触れることはありませんでした。

そんな父。実はこっそり、画家としての「名刺」を一枚だけ作っていたことを、亡くなった後に知りました。
私も大人になった今、「父はいつ夢を諦めたのか…、それとも、諦めずにずっと夢を抱き続けていたのか…。どんな思いで、毎日、職場に向かっていたのか…。」
そんなことを考えると切なくなります。
それでも、休みの日に夢中になって、絵を描いていた父の楽しそうな顔を私は一生忘れないと思います。

私の絵がコンクールで入選したのを、一番、喜んでいたのは父です…。
夏休みの絵は、父と私の最後の合作?となりました。
当時、拍手をくださった皆様、どうかお許しください!

☆写真は、宮城県美術館で開催の『フェルメールと17世紀オランダ絵画展』(~2022年11月27日)に出かけてきました!父譲りで、絵画鑑賞も大好き!

アナ・ログ、続いては伊藤瞳アナウンサーです。

秋を感じます

寺田 早輪子
2022/10/25
秋になったら絶対にしたいこと!が、私には3つあります。
「シャインマスカット狩り」と、
「評判のモンブラン 食べ比べ」、
そして、「『マロン』と名の付くスイーツを食べ尽くす」。
この3つは毎年、秋になると家族に「これは何があっても達成させるから!」と高らかに宣言しています(毎回、キョトンとされますが…)。
食べることばっかりでお恥ずかしいですが、夏の蒸し暑さもなくなり、冬のように着込まなくても気軽に出かけられる秋。秋の味覚を求めて散歩するのも楽しいですよね。
秋の散歩の楽しみは何といってもキンモクセイの香り。青葉区上杉の仙台放送周辺にも、あちらこちらからキンモクセイの濃い香りが漂ってきます。
深呼吸しながらたくさん歩き、カロリーを消費して、今日も秋の味覚を心ゆくまで、頂きます!!
☆仙台放送近くのキンモクセイ。マスクをしていても香ってきます!

アナ・ログ、続いては、千坂アナウンサーです♪

お酒のはなし

寺田 早輪子
2022/09/27
この話題を私に振るなんて…(^^)
何時間でも話し続けますけれど、いいですか??
…というくらい、私はお酒が好きです。

中でも日本酒が大好き。
10年前、自分の披露宴の乾杯のお酒にも、宮城県内の酒蔵が造るスパークリングの日本酒をチョイスしたほど。全国各地から出席してくださった方々が「宮城のお酒」を美味しいと喜んでくださり、本当に誇らしかったです。

そんな私も、20代の頃に比べると、それほど量は飲めなくなり(悲しい…)、
すぐに酔ってしまうようになりました(悔しい…!)。

そんな私ですが、家族でイケる口なのは実は私だけ…。
夫は飲まずに過ごせるタイプで、母は全く飲めず…。
父もお酒を飲んでいる姿はあまり記憶にありません。
コロナ禍で、飲み会もほぼ皆無。
最近は家で一人、手酌でたしなんでいます。

いかにも寂しそうな光景が浮かぶかと思いますが…、
息子の表情やおしゃべりを聞きながら飲むお酒も、また良いものです。
クイズ好きの息子は酔っている私に、容赦なく、結構難しい問題を出してくるのですが、
全く答えられず…。
「ちゃんと真面目に!」と息子にイライラされながら、私はニコニコ。そんなやりとりもまた楽しい今日この頃です。

アナ・ログ、続いては、堤アナウンサーです。

ファミリー

寺田 早輪子
2022/09/06
子供の頃から私は人に甘えることがとても苦手です。
「一人でも平気!」…なんて顔をして過ごしてきた気がします。
両親が共働きで、留守番することが多かった、いわゆる「かぎっ子」だった私。
泣いたり、わがままを言ったりしてもどうしようもないとわかっていて、強がっていたのかもしれません。「一人で何でもできるもん!」と思っていました。
そんな可愛げのない子供時代を過ごした私でしたが、
「やはり家族の存在は大きくで、私は一人きりは苦手なのだ…」と実感した出来事がありました。

小学5年の宿泊訓練。福島県内の宿泊施設に泊まり、児童たちでカレーを作って食べたり、キャンプファイヤーやナイトハイク、肝試しなどを楽しみながら、「お泊り体験」する学校の恒例行事です。
これを私はものすごく楽しみにしていたのですが…、
一泊目の夜。予想だにしなかったことが…!
「ホームシック」です。
家族が恋しすぎて、寂しすぎて、寝られない。
でもベッドの中で泣いているところは友達に絶対に見られたくない。
声を殺して、しくしく泣いていました。
夜も更けていくし、オバケが出たら怖いし、どうしよう…と思っていた私を慰めてくれたのが、家から持参した「タオルケット」。

そのタオルケットからは、ふんわりと家の香りが…。
…わかりますか?普段は感じないけれど、帰宅した時に玄関でちょっと香る「家の香り」。
そのタオルケットに顔をうずめてスーハ―スーハ―しているうちに、家族の顔が浮かんできて、ううう…と、またこみ上げる思い。それでも家の香りに安心していつの間にか眠りについたのでした。

普段は強がっていても、やはり家族が恋しいのだと実感したあの夜。
…あれからもう30数年…。
もうすぐ小5の息子が野外活動で「お泊り体験」をします。
「家の香り」がしみついたタオルを持たせることにします(^^)

☆夏の甲子園!仙台育英高校野球部の皆さん、初優勝おめでとうございます!
東北人として感動を共有させていただいたことに、心から感謝です!
たくさんの人がカメラをむけていたJR仙台駅の優勝おめでとう横断幕の前で自撮りしてみました!

アナ・ログ。続いては下山さんです♪

今年の夏の総括

寺田 早輪子
2022/08/23
この夏の久しぶりの体験。
それは…、前髪を切りました!
15年ぶりくらいのヘアスタイルです。
どの程度、切ったかというと…、画像をご参照ください。
ぱっつん!と厚めに切ったわけではなく、行きつけの美容師さんから「横にも分けられて、前にも下ろせるくらいがよいのでは」と提案していただき、髪の内側を薄めにとって、短くしてもらいました。
社内でも、早速、反響いただいております(^^)
西ノ入アナ「かわいいー!」
咲良アナ「前髪のある寺田さんは初めて見ました!」
瞳アナ「一瞬、誰だか分かりませんでした!」
…などなど、皆さんからの反応が嬉しいです。
ここ最近は、髪を切っても全く無反応だった夫も、さすがに「何か変わった?」との反応…(^^)
久々の前髪。気に入っています!

アナ・ログ。続いては千坂さんです♪

水のこだわり

寺田 早輪子
2022/08/16
「水」の大切さを痛感したのは東日本大震災の時です。
当時は、長く断水が続き、お手洗い、風呂、飲料水など、生きるための様々な場面で、水を普段通りには使えない状況でした。

今年、宮城県の涌谷高校で開催された「避難所運営ワークショップ」を取材しました。
震災発生当時は、5、6歳だった生徒たちが「災害発生時、高校生は避難所でどんな役割を担えるか?」を考えました。
石巻市内で避難所となった高校で、実際に運営を体験した元教員から、
「トイレにはプールからバケツで水を汲んできて使用した。校舎の各階に水を入れた重いバケツを運んだのは、当時の高校生たち。力仕事を担ってくれて、大人たちは本当に助かった」と話していました。

震災を経験した宮城では「防災」という言葉をよく耳にするようになり、各家庭での備蓄や水の大切さへの意識も高まっているのはと感じます。
それでも、いざという時に、備蓄していた水をどの場面で、どのくらいの量を使うのか…、そして、お手洗いや風呂場などにどう運ぶのか、または、溜めておくのか、ということまで話し合っておく必要があると感じた取材でした。

いざという時の「水」。私自身も、まずは家族で、確認したいと思います。

☆写真は、女川町で。漁港が臨める場所にかわいらしいデザインの公園があります。
遊具は海の生き物がモチーフだそうです!

アナ・ログ「水のこだわり」。このお題は私がアンカーでした。
次回のお題は、「今年の夏の総括」。トップバッターは西ノ入さんです。

夏休み!

寺田 早輪子
2022/07/27
息子の学校から宿題が出されました。
「おうちで調理実習をしよう!」という宿題です。
コロナ禍で感染予防対策として、息子の通う小学校では家庭科の調理実習が中止に…。
宿題では「ゆで卵」「青菜のおひたし」「ふかしイモ」を家で作ってノートに記録します。
実は私、これまでゆで卵は茹で時間も計らずに、何となく、感覚で調理してきました…。
今回、息子と、改めて家庭科の教科書を眺めながらゆで卵の調理に挑戦。
半熟好きの私。沸騰したお湯に入れた卵を、感覚で引き揚げようとしたら…、
「まだ!早い!」と息子に怒られました…。
教科書を開いているけれど、全然見ていないいい加減さを注意され、
「半熟なら7分!」と釘を刺されました(^^)
出来上がった半熟ゆで卵は、黄身がトロトロで美味しかった!
ちゃんとレシピ通りに作ると美味しくなるんですね…、今更ですが。反省。
夏休みは、さらに「おうちで調理実習」に再挑戦したいです。
今度は、固ゆで卵に挑戦だ!

アナ・ログ。続いては、伊藤瞳アナウンサーです。

宮城の魅力再発見

寺田 早輪子
2022/07/08
先日、仙台港で初めて「フェリー」に乗り込んでのインタビュー取材をしました。
仙台港では、太平洋フェリーが苫小牧~仙台~名古屋を結ぶ航路を運航しています。
私にとって、フェリーを間近で見るのも、乗り込むのも、初めての体験でした。
取材前、入港の様子を遠くから見守っていたのですが、徐々に近づいてくるその巨大な船体は、まるで、白壁の大型ホテルが海を進んでいるよう!
その規模の大きさに圧倒されていると、間もなく、さらに興奮する光景が…!
船首部分の扉(…というより、もう巨大な壁!)が開いて中から次々に車が出てきました。
扉が上部に開き切った様子は、子供の頃に大好きだった戦隊ヒーローが最終的に乗り込で敵を倒す「超合金ロボ」そのもの!興奮して写真を撮りまくりました!

ところで、今回の取材は東日本大震災をフェリー「きたかみ」で経験した航海士へのインタビューでした。その方は、当時、乗客を降ろして、仙台港に停泊していた「きたかみ」内で休憩中に大地震に見舞われました。フェリーは大津波警報が発表されたあと、船長の指示で沖に避難。4回の襲ってきた大津波を、洋上で文字通り「乗り越え」、無事でした。
迫る津波に激突した瞬間、船首が上向きになり、操舵室の窓から見えたのは、「空」。
そして、波を乗り越えた次の瞬間には「海」が見えたというほど、船体は上下に揺さぶられたそうです。
その方が、その時に感じたのは「恐怖」ではなく、「何とかこの事態を乗り越えるんだ!」という強い気持ちだったといいます。
そう思えたのは、船長や一等航海士の冷静な指示があったからだそうです。極限の状況で冷静でいられた背景に何があったのか?…インタビューで聞きました。
すると、「平時から安全を第一に、誠実に業務にあたってきた」という自信と、「繰り返し訓練を行ってきた」ことという言葉が返ってきました。
仙台港は、「誠実に安全を追求するフェリー」が入港している。これは誇れることだと感じます!

☆写真は、太平洋フェリー取材@仙台港。苫小牧から帰ってきたばかりの「いしかり」の大きさにびっくり!名古屋に向かうまでの3時間弱の間に取材させていただきました。
ありがとうございました!!

アナ・ログ。続いては、千坂アナウンサーです。