東日本大震災15年 金澤 聡 2026/02/25 東日本大震災から15年という歳月を迎えます。15年前の3月11日、伝えなくてはいけない立場でありましたが、私は出張で宮城にいませんでした。出張先のテレビに映し出される宮城の惨状に言葉を失いました。家族は無事なのかどうか、不安の淵で押しつぶされそうでした。当時、スポーツ中心の仕事をしていた私は、「スポーツ」は正直、後回しも後回しの存在で、むしろ永遠に宮城でスポーツができなのではないかと思いました。しかし、震災後、再開したベガルタ仙台の試合を見て、考えが一変しました。選手たちが全力で走り、ボールを追い、ゴールを目指す。その姿に、心が震え勇気づけられました。勝敗以上に胸を打つ、スタンドから湧き上がる声援。苦しい時間を共有した人々が、ひとつになった瞬間でした。楽天やベガルタ、そして、89ersなど宮城でスポーツに携わる全ての人たちは、自らの役割を問い続けてきました。楽天の嶋基宏元選手会長のあのスピーチにもありました。『選手みんなで「自分達に何ができるか?」「自分達は何をすべきか?」を議論し、考え抜きました』と。その答えの一つが、「野球の底力を見せること」であり、被災地のために全力でプレーする姿にあったと私は感じています。スポーツは、“心の復興”に寄り添い続けてきたと信じています。あの日感じた感動の鼓動を、私はこれからも忘れません。そして、スポーツが灯し続ける光を、これからも伝えていきたいと思います。あの日、お腹の中で被災した次男は、今年15歳になります。家族皆が無事でいることに感謝し、3.11を迎えます。次は、門間陸斗アナウンサーです。